09.

雪が降っていた。


何日も雪が降り積もり、あたり一面真っ白。
その上猛烈に吹雪いていて、少し先も見えないほどだった。

差し出された手だけは、今でも鮮明に覚えている。
そしてあの人が言った一言。
「君に居場所をあげよう。」

居場所……。その言葉は幼いカイの心に甘美に響いた。そう、それは生まれてからずっと探し求めていたもの。

カイはその手を取った。
己を待ち受ける苛酷な運命を知らずに。

あの人は、カイに感情を求めなかった。ただ人形のように人を殺す、どこまでも人に近い私有の殺戮機を作ろうとした。


いつからだろうか、笑えなくなったのは。


いつからだろうか、涙が出なくなったのは。


いつからだろうか、人を殺すことに何も感じなくなったのは。




それはもう、ずっと昔な気がする。



夢を見た。


不思議な夢。体は包まれた様に心地よくて、私はゆらゆらと揺れていた。

ああ、ここはどこだろう。

重い瞼を開けると、うっすらと、光の向こうに、人影が見えた。

貴方は誰?

思いは声にならなかった。しかしその人は、淡く微笑んだ、……気がした。




「オイ!起きろ!」
強く肩を揺すられる衝撃で目が覚める。
一瞬ここがどこだか分からなかった。
「ったく。」
男が舌打ちしたかと思うと、引きずるようにして立たされる。
思い切り引っ張られる痛みに、脳味噌が急速に活動を始める。


ここは檻の中だ。


今、私を起こしたのは、背が高くごつごつした男。軍隊の制服のようなものを着ているから、この檻の番人か何かだろう。顔も同じようにごつごつして、えらが張っていて、いかにも力仕事が似合いそうだ。顔は彫りが深く、凛々しく見えなくもないのだが、頬が痩けていてすこし気味が悪い。
同じ服装をした男がもう一人。こちらは筋肉はあるがごつごつとした印象はない。固そうな髪を無造作に後にまとめている。田舎っぽい顔立ちをした男だ。
それぞれが私の脇に並び、腕をつかむ。
「な、……やめて!」
咄嗟に反応するものの、時既に遅し。
腕を前にしてひんやりとした縄のようなもので拘束される。継ぎ目が無く、引っ張っても伸びない。地球にはない素材か。
一人の男がその縄の先端を持ち、乱暴に引っ張る。
「ほら、歩け!」
「っ痛!」
いきなり引っ張られて前につんのめる。力一杯引っ張られたことで縄が手首に食い込んだ。
「そんな乱暴に引っ張らないでよ!」
私は前を歩く男を睨み付ける。
何だこの男!ごっつい顔して威張りやがって!!
「何だと!?」
すると男が振り返る。やばい。男の顔が怒りで青筋立っている。
ごっつい顔が更にごつごつになっていますけど。
「お前罪人のくせに俺らに楯突こうっていうのか?」
男が私の首を片手で掴んで持ち上げる。
「っう……!」
息が出来ない。
男はごつい顔を近づけて私を睨む。
「調子に乗るなよ!!」
私は男に投げ飛ばされた。
――ドンッ!
床に叩きつけられて肺に衝撃が走る。
――ドスッ!
もう一人の田舎っぽい方にお腹を蹴られた。痛みに思わず身を縮める。
「そんな生意気な口ききやがって!死にてぇのか!?」
私は痛みと恐怖で返事が出来ない。
同時にすごく悔しい。力の弱いせいで簡単に押さえ込まれてしまう。
「ほら寝てないで早く立て!」
男が縄を引っ張る。
私は震える足で何とか立ち上がった。お腹に痛みが走る。
「うっ……。」
「っち!早く歩けよ!こっちは急ぐように言われてるんだよ!」
そう言って男はぐんぐん歩きだした。
見えない牢の柵はなぜか今は無く、柵があるはずだった所を難なく通り過ぎる。
後ろを振り返ると、そこには闇があるだけで、私がいた牢はもう見えなかった。


私はお腹をかばいながら歩く。

牢獄の中は真っ暗で、男が持つ灯りだけが頼りだ。
こんな牢獄ならば、囚人が一人で脱獄するのはまず無理だろう。
いや、まてよ。もし魔法が使えたら、何とかなるのだろうか。
しかしそれでは牢獄の意味がない。この牢が魔法を使える人間を収容する為のものであることは火を見るより明らかだ。魔法も使えない私では、やはり脱獄は無理だろう。

足下がおぼつかない。何度も転びそうになる。

しばらくすると遠くに光が見えてきた。
あそこが出口。既に手首は縄で皮が擦れ、血が滲んでいる。

前を向いて、必死に歩いた。一歩一歩、奥歯を噛みしめて。

ああ、ホント何なんだこの世界は。こんな一方的な力の行使がまかり通るのか。
基本的人権は無いのか!裁判権は?推定無罪の原則は?
それどころか、ちゃんとした成文法があるのかも不安だ。
十二表法ってなんて素晴らしいものだったんだろう!権利章典万歳!日本国憲法万歳!


ふぅ。
ここが牢獄だとしたら、罪人の行く道は決まっている。
私はこれから殺されるのだろうか。
今私は、自ら死へと歩を進めているのだろうか。
私の知らないところで、理不尽に事が進んでゆく。私自身のことなのに、当の私は何もわからない。

無力だ。


やっと明るい場所に出る。そこは岩を荒く削って出来たような細い廊下だった。床もでこぼこしていて歩きにくい。所々に光源が壁に掛かっていて、廊下をぼんやりと照らしている。その光源は、丸い玉だけど、明らかに電球じゃない。魔法で光っているのだろう。

男達はその廊下をくねくねと曲がって進む。四方八方に道がのびていて、迷路の様だ。どこをどう曲がったのか、覚えるような余裕はない。転ばずについていくので精一杯だ。

男達が急に止まる。でこぼこした足下に気を取られてろくに前を見てなかったので、男の背中に顔をぶつけそうになった。
「ここだ。早くなかに入れ。」
そんな私には目もくれず、男は小さな扉を顎で示す。


私は震える手でゆっくり扉を開いた。



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