「ついに、ついに、願いを叶えし者を手に入れた!夢にまで見た日が、すぐそこまでやって来ている。これでこの国は私のものだ!」
薄暗く、どんよりした空気。殺風景な部屋。しかしそこには、常にはない熱気が感じられる。
ダークブルーの瞳を持つ男が、ニヤリと冷酷に笑う。
「しかしよりによって黒髪の娘とは……。よいのでしょうか。もし……」
「あの様な伝説、まさか信じているわけではあるまい。太古の神話がいつの間にかああなったのであろう。無論、娘が黒髪だと言うことは王族の奴らには気づかれないようにしなければならない。少し知られたくらいであやつらには事の全容は分からぬだろうが……。儀式は出来るだけ早いほうが好ましい。明後日に執り行おう。」
「御意。」
いつになく機嫌の良いダークブルーの瞳の男に答えるのは、漆黒のマントを頭までかぶった背丈の低い男。
ダークブルーの瞳の男は、もう随分前からネーデルアームス王国の全権力を握ることを画作していた。そしてその野望達成の日が、間近に迫っていた。
「……外が騒がしいが、何事だ。」
部屋の外で言い争う声。
「そのようで。私が見て参ります。」
小男が扉に向かう。
「いや、待て。それには及ばぬようだ。……入るがいい、カイよ。」
――ガチャ
「……失礼します、シリウス様。」
静かに開いた扉から入ってきたのは、紛れもなくカイだった。
しかし、様子がおかしい。いつの無機質な雰囲気はない。その上カイは呼びつけた時以外はこの部屋に来ようとしない筈だ。
ダークブルーの瞳の男、サー・シリウスは眼を細める。
「何の用だ、カイ。お前を呼んだ覚えはない。」
「……あの娘のことです。」
少なくともシリウスの前では、いつも顔を伏せて眼を合わせることもないカイが、しっかりとシリウスの眼を見ている。
シリウスの顔には少しの驚きと興味の色が浮かんだ。
「ほぅ?あの娘……?お前が連れてきた娘のことか。」
「あの娘を、どこにやったのですか。」
「……なぜ娘のいる場所を知りたいのだ。」
「……。」
「ふん!答えぬか。……まぁいい。娘の居場所など、私がお前に言うわけがなかろう。」
シリウスは今まで座っていた椅子にどっぷりと座り直し、傍らのテーブルに置いてある、酒の入ったグラスを手で弄ぶ。
「……あの娘が何をしたというのですか。」
切羽詰まったようなカイの表情に比べ、シリウスの顔には、余裕の冷笑が浮かんでいる。
「あの娘は大罪人だ。最初に言ったではないか。」
「その様な娘には見えませんでした。」
「一体どうしたと言うのだ?カイよ。あの娘が何だろうと、お前には関係ない。そんなこと分かり切っていよう。」
シリウスは冷たい口調であるが、どこか……面白そうだ。
「……ここに連れてきてからの対応は一体、……あの男達は何者ですか。」
「あいつらは、覚えておくにも足らぬ。今さら知って、どうなることもない。」
シリウスは不気味に微笑んだ。常人が見れば、背筋が凍るような、恐ろしい笑み。
その笑みの意味するところを、カイは直ぐに理解した。
「……既に始末したのですね。」
「だとしたら何だというのだ?」
シリウスには人を殺すことへの罪の意識は無いらしい。その表情から、人間らしい道徳や倫理の存在は全く感じられない。
カイは何も答えなかった。いや、正確には答えられなかった。
「しかし珍しい。お前が私に楯突くとは。あの娘がそんなに気になるか。」
「……気になる?」
「分からぬか、己の抱く感情が。ふっ、無理もない。所詮お前は心を持たぬ人形。例えどれだけわかりたくても、わからぬだろうよ。」
「……。」
「それでよい。どちらにしても、そのような感情は邪魔なだけ。」
シリウスの片頬が上がる。
「……?どういう意味ですか。」
「ふ。ふふ。ふはははははは!!!そうだな、特別に教えてやろう。感謝するのだ。私は今、とても機嫌がよい。お前が気に掛けている娘は、儀式に使う。」
「儀式に?」
「閣下。それ以上は……。」
今まで会話に全く口を出さず部屋の隅に控えていた小男が口を挟む。
「よいではないか。今更こいつに何が出来るわけでもあるまい。」
「ごもっともでございますが、しかし万が一……。」
「お前が気にすることではない。」
「はい……。」
有無を言わせぬ口調に、小男は口を閉ざす。
「それで、儀式と言うのは……。」
「そう、その儀式というのは、生け贄の儀だ!」
カイは眼を見開く。
「……生け贄?」
「左様。あの娘は神への特別な捧げもの。あの娘の命と引き替えに、私はこの国を手に入れる。」
「まさか、人間を?」
「崩壊の時が迫り来る今、生け贄もそれなりのものを用意しなければならぬ。」
「だからと言って、そんな儀式を神殿が執り行うなんて!」
「世界の崩壊を防ぐ為だと言えば、誰も口出しはできまい。」
「……そんな。」
シリウスはカイへの興味を失ったように目を離し、窓の外を眺める。
「私の本当の目的は……この国、そしてこの世界なのだが!」
歓喜の色を隠せない高らかな声は、もはやカイの耳には入らない。
カイはその後、どうやってシリウスの部屋から戻ってきたのかも覚えていなかった。
いつの間にか、独房のような自分の部屋の中にいた。
そしてカイの意識は思い出の中を彷徨っていた。
澪との不思議な旅、それ以前の辛い日々。
幼い日の、記憶……。
更新が遅くてすみません。
そしてこれからEEとは思えないシリアスな話が続きますので、苦手な方はご注意を……。
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