07.

「目的地に、着きました。」
馬車の中でうとうとしていた私は、“目的地”という言葉に過剰に反応して、勢いよく顔を上げる。

目的地?!それって、それって……どこ??

私は窓の外を見渡す。そこは何かとても大きな建物の前だった。その建物は石で出来ているようで、黒くて綺麗な外観をしている。

私がイルエディア帝国王宮を離れてから、今日で丁度7日目だ。その間ずっとカイと一緒だった。でも私が脱走しようとした日以外、カイは私に触れることも無く、とくに何かを話すわけでもなかった。
男と女が2人きりで、そんなことがあるのか。
……あるのだ。
なにせ相手がカイだし。そして女の色気は皆無の私……。
何もなかったということは、もちろん嬉しいのだけど……。

女としてどうなんだろう、私。

いやいや、そんな事を考えている暇はない。私に色気がないのは最初から分かっている。今更そんなこと、気にしてられない。

問題にすべきはこれからのこと。
とうとう、カイの言う目的地にまで来てしまった。
ここはどこだろう。私には全く分からない。
私は何故誘拐されたんだろう?
それも分からない。分からないことだらけ。
不安で胸が張り裂けそうだ。
「ここは?」
「それは……。もうすぐ分かります。」
カイははぐらかすようにそう言って、私に降りるように促した。
カイはいつもこうだ。肝心な事は何も答えない。

私が馬車から降りると、そこには既に待機していたらしい男達が、さっと私を取り囲む。
全員黒い服をまとっている男達。全部で5人だ。

「な、なに?」

私は慌てて身構える。
何者?
しかし私の警戒なんて無意味なのだろう。次の瞬間には、私はその怪しげな男達に捕まっていた。
私を拘束する男の力は強く、私は自分の腕をぴくりとも動かせない。
「いや!あなたたち何者よ!離して!」
力では勝てない。異世界に来てからの数々の経験を元に、いち早く悟った私は、大声を出して助けを求める。
「これはどういう事だ!」
私の声を聞いて慌てて馬車から降りたのか、後からカイの声がする。
やはりカイの味方ではないのか。カイの仲間がこんな事をするはずがない。良かった。

……そう思ったのに。

「カイ殿でございますね。お役目ご苦労様でした。ここからは私たちにお任せを。」
私を取り囲む男達の中の一人が声を出す。
一番前にいる、肉食獣みたいな鋭い眼をした男だ。男達は一様に古汚い服を着て、まるでどぶ鼠の様に、肌も髪も何処も彼処も汚らしかった。

もしかして、こいつらはカイの仲間なのだろうか?私の心臓は凄い早さで脈を打っている。カイに騙されていたのだろうか。悪い人ではないと、そう思ったのは、間違いだったのだろうか。
「その人を離せ。」
しかし、カイは今まで見たこともない鋭い視線とオーラで、私を拘束する男達を睨んでいる。
この人たちは、そして……カイは、何者なの?
「……どうゆうこと?!」
私は呟いていた。この人たち、どこの誰なのさ!!!
怖い。
……怖いよ。
「助けて!」
私は声の限り叫んだ。
いや、叫んだと思う。

拘束されていた私は、男の腕の中で意識を失った。





――ピチャン


――ピチャン


――ピチャン


――ピチャン



耳元でする規則正しい小さな音に私は意識を引きずり戻される。
暗い。そして、嫌な匂いがする。
ボーっとする頭の中で、私は必死に意識を失う前の事を思い出そうとした。

私は確か……。

そう、そうだ。
馬車を降りてすぐ、待ち伏せしていた男達に捕まったんだ。そして何かで眠らされて……。
それからの事は一切覚えていない。

ここはどこだろう。

朦朧とする意識の中、私は前へ手を伸ばす。

―ガチャ

私の手は何か固いものに阻まれた。何もないと思っていた所に、何かがある。
その冷たさに、急速に脳が覚醒し始める。

檻だ。
それは確信だった。

そこには、私には見えないけど、鉄格子のようなものがあるらしいことが手触りでわかる。
きっとこれも魔法によるものだろう。

私は、三面が壁、一面には何もないと見せかけて鉄格子、という部屋にいた。
ここは、監獄とか牢屋とかの類と見て間違いは無さそうだ。

壁は頑丈で冷たい感じがする、打ちっ放しのコンクリートだ。いや、コンクリートがこの世界にあれば、という話だが、地球上でのコンクリートと大差ないだろう。
天井のひび割れから、水が一滴、また一滴と落ちてきている。じめじめして、カビくさい。それだけじゃない、得体の知れない腐臭もする。

この部屋には右側の壁に灯りが一つだけある。しかしそれでは充分とは言い難く、周囲はかなり暗い。
唯一この部屋の向こう側が見える、透明な鉄格子の向こうは、ただ暗闇が続くだけ。

見えるものは何もない。

ただ、闇。

闇。

闇……。

気持ち悪い。
黒いペンキで塗りつぶしたような闇は、確かな質量を持って、そこに存在していた。

既視観。 コレと同じ種類の闇を、どこかで見たことがある。

今までの記憶を順番にたどる。
記憶の糸をたぐり寄せる。
何だっただろうか。この闇。きっと何処かで……。
しばらくして、私は気づいた。
……私が異世界に引きずり込まれた時の、あの黒い“何か”と、同じだ。
それにどんな意味があるのかは分からない。けれど何故だろう、この闇に私は恐怖を感じる。無意識に後退るけれど、後はすぐに冷たい壁。
私にはどうすることも出来なくて、寒くて、怖くて、牢の端に縮こまって、じっと身を潜める。

ここは、世界から切り離されたかのように、時間の感覚がない。
どれだけ時間が経ったのか。
もう長い間この体勢のままだったような。
さっきこの体勢になったばかりのような。

それさえも、分からなくなってきた。

こんな異常事態の最中でも、睡魔は襲ってくるものらしい。
私は自分でも知らぬ間に眠りについていた。


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