06.

――ゴン、ゴーン、ゴン、ゴーン……

帝国会議の始まりを告げる鐘と同時に、ライヴァスがさっと立ち上がる。
「これより、第4652回イルエディア帝国会議を始める。」
王者の威厳を備えた低い声が広い室内に響き渡った。

この部屋には、ライア最強の国イルエディア帝国の、それこそ最上位権力者と言える48名の重鎮達が顔をそろえていた。そしてこの部屋の最奥の一際高くなった台座の上に君臨するのが、帝王ライヴァス・イルエディア・ラオ・ルーダスである。
王者の風格を備えたその男は、家臣達をゆっくりと見渡して、更に声を轟かす。
「今日、急にこの会議を開いたのには、もちろんそれなりの理由がある。そなたらの多くにはまだ伝えていなかったが、先日この地に、黒髪黒眼の娘が現れた。」
帝王のその言葉を聞いた途端、家臣達は一斉に騒ぎ出した。
「静まれ!話はこれからだ。更にその娘は、異世界から来たのだ。これがどういう意味かわからん奴はおるまい。」
帝王の声で一度はざわめきが静まったものの、家臣達は興奮が隠しきれない様子だ。
「恐れながら陛下。それならば早急に……」
「控えろ。話はまだ済んでおらん。」
興奮のあまり口を挟んできた家臣の一人に、ライヴァスは静かに言い渡す。
「その娘は、今ここにはいない。」
一層ざわざわと騒ぎ出す家臣達。
「陛下、それは、どういう……」
「誘拐されたのだ。」
訳が分からないといった顔で尋ねてきた家臣に、一言で返す。
「そんな!」
「なんということだ」
帝王の言葉に、部屋中からから次々と声が挙がる。

―――ダンッ!!!

ライヴァスが大きな音を立てて机を叩くと、急に室内に静寂が戻る。
「私はもちろん、それを許さない。あいつは必ず取り返す。なにせ黒髪黒眼の娘だ。お前達にも嫌とは言わせない。この国の全勢力を持ってしてでも探し出すのだ。よいな。」
ライヴァスは一拍置いて再び口を開く。
「まず、それぞれ己の領土をくまなく探すのだ!その他の任については後日言い渡す。
……それから、もしもこの中にあいつを誘拐した奴がいるとしたら、命はないと思え。私は絶対に許さない。私からは以上だ。」
言い終えるとライヴァスはさっと身を翻し、重厚な扉を開けて部屋を出る。その途端、後から興奮と混乱の声が沸き立つが、振り返ることなく颯爽と廊下を歩きだす。


結局、会議が開けたのは、澪の誘拐を知った日から3日目のことだった。
この会議で、澪が黒髪黒眼だと言うことを皆に知らせたのは、ライヴァスにとって苦肉の策だった。黒髪黒眼の娘が来たということが知られれば、嫌でも事は大きくなるだろう。それこそ、この話は瞬く間にライナ中を駆けめぐるに違いない。
しかしこの際、それは好都合だとライヴァスは考えた。
澪を探すには、先に澪の容姿を知らせる他ないし、これだと万人の目もある。
すぐにでも犯人の尻尾を捉えられるだろう。
あとは体勢を整えるだけだ、と。

澪を失った事への不安や苛立ちは、ライヴァスの中で時間と共に大きくなるばかりだ。
ライヴァスは怒りと焦りで自分を見失わないように、血が滲むほど強く拳を握った。




帝王が去った後も会議は続き、先ほどまで帝国会議が行われていた大会議室には未だに人々の声が飛び交い、隣の人間ともろくに会話の出来ないほど沸き立っていた。
それもそうだろう。ほんの少し前、帝王ライヴァスが告げた事実は、あまりにも衝撃的だったのだから。

「ついに黒髪黒眼の娘が降り立ったのか!」
「それも我が国にだ。誉れ高きこと。」
「しかし、その貴重な娘を誘拐するとは!」
「そうだそうだ!」
「いや、全くだ。我等としても、絶対に許せん!」
「早急に犯人を捕まえなければ。」
「しかしどうやって……」

あちらこちらで似たような話が飛び交っている。

その中でやけに目立つのが、唯一人沈黙を守ってなにやら考えている宰相、キアノールだ。

キアノールは、前もって澪の存在を知らされていた一人だ。今更驚くこともない。キアノールの驚きは大多数の重鎮達とは別のところにあった。
それは、ライヴァスの態度だ。いや、態度自体は、一見いつもと変わらないように見えた。しかし、その体を漲る熱い力、瞳から放たれる強い光。あれは、間違いなく、途方もない怒りを表していた。
何がそこまでライヴァスの逆鱗に触れたのか。
……それは考えなくても明らかだ。
先日ライヴァスに呼び出されたときのお怒りも相当だったが。その怒りもすぐに消えるものだと思っていたのに……。

気が遠くなるような長い時間のうち、何者にも執着を見せなかった帝王。
あの御方の中で、異世界から来た少女がどれほどの存在になっているのか。

キアノールはその氷山の一角を垣間見てしまった気がしてならなかった。


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