05.

「貴方は死ぬつもりなのですか?」

聞き覚えがある声に目を開けると、案の定、そこにはカイの顔が。普段随分上にあるカイの顔が、今は目の前にある。
私はカイに抱き上げられているようだ。
そして目の前にあるカイの顔は、心なしか怒りを含んでいる気がした。
「ま、まさか。死ぬつもりなんかじゃない。私は寧ろ……。」
「もし私が追いついていなければ、あなたはこの高さから地面に叩きつけられて、死んでいたでしょう。」
「そ、そんなこと。」

ない、とは言い切れない。……残念なことに。

私は下を見る。確かにこの位置だと、地面まで一直線だ。そうなると私は、ペシャンコに潰れていたかもしれない。
ひやっと嫌な寒気がした。知っての通り、高いところは苦手なのだ。
だがまぁ、それが自分が目を瞑って飛び降りたせいだとは、当の本人は気づくはずもなく……。

「以前にも言いましたが、貴方は魔法が使えない。……無茶なことは控えてください。」
「……うん。」
一応頷くものの、私にはカイの心情がよく分からない。この人は本当に私のことを心配しているのだろうか。
考えてもみたまえ!目の前にいる男は、間違いなく誘拐犯だぞ。
私は疑惑の視線を送る。

「!私は貴方が死ぬかもしれないとおもって!!!……っ。」
その視線に気づいたのだろうか、カイは唇を噛んで顔をゆがめる。
いつもの生気が感じられない無表情からは、考えられない顔だ。
「……ご、ごめんなさい。」
私は思わず、小さな声で謝る。だって、目と鼻の先にある顔が、泣いてしまうんじゃないかと思ったから。
「私は、私は……怖かった……。貴方が……死ぬかもしれないと、思うと……。」
カイは私を一心に見つめて、その目が私に強く訴えてくる。
「うん。うん。……ごめんね。」
カイの目にはいつからか、涙がたまっている。カイがどうしてそこまで思うのかは分からないけど、でもカイが、私を凄く心配してくれたことは確かなようだ。

目尻から零れる最初の涙の一粒を、私はそっと手を伸ばして拭ってやる。
カイは驚いてピクッと体を動かしたが、それでも黙って身を任せる。カイの零した涙を拭いきると、私はカイの顔から手を離した。
するとカイは、私の体をぎゅっと痛いほど強く抱きしめる。少し寒い夜空の下、カイの体はとても暖かかった。
しばらくするとカイは私を抱きしめたまま部屋に向かう。抱き上げられてるわたしはもちろん、カイの足も地面についてない。そう、飛んで、だ。

ガラスが割れた私の部屋に着くと、カイは私を抱きしめたままソファに座る。すると自然に体勢は、私がカイの膝の上に対面式で座っている感じになる。
「いや、ちょっと!もう離しても大丈夫だよ!」
いくらなんでも、この体勢は恥ずかしすぎる。
私はカイの胸を力一杯押して体を離そうとした。だが、しかし、カイは私をぎゅっと抱きしめたまま離そうとしない。
しばらく頑張るものの、歴然とした力の差を前に、私は仕方なく抵抗を止める。
抵抗を止めてふと気づくと、カイの顔が私の目の前にあった。その距離5p。近っ!!いつの間に?!
「ど、どどど、な、ん、何?」
いやもう、全くの不意打ちである。私は焦って言葉が出てこない。

近くで見るカイの顔は、驚くほど綺麗だった。ラピスラズリみたいな、よく見ると紫がかった青色の瞳に、吸い込まれそうになる。自分の顔が一気に真っ赤に変わったのがわかる。
その瞳からは最初に出逢ったときのような、あの人間離れした異様な光は、今の瞳からは感じられない。

カイの方も、澪の瞳に見入っていた。
黒髪黒眼とは言われていたが、実際に見ると思った以上に感慨深いものだった。この世界で神の色とさえ言われる黒。その神秘的な輝きに、カイは眼がはなせなくなるのを感じた。
黒い髪、そして瞳をもつこの人は、澪は、一体何者なのだろう。
あの方からは大罪人と聞いていた。しかし普段の澪を見ていると、とてもそんなこと信じられない。
「……貴方は、何をしたんですか?」
カイは自分でも気づかないうちにそう尋ねていた。
「は?何をって、何のこと?」
澪は呆けたような表情で尋ね返してくる。カイはその表情の中に、偽りがないか必死になって探す。
首を傾げて自分を見つめ返してくる澪に、カイは気づかれないようにほっと息を吐く。
「いえ、何でもありません。」
カイはそう言うと、澪を抱く腕をほんの少し強くした。



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