04.

私は誘拐されているというのに、始終ボーっとして、ただ窓から外ばかりを眺めていた。
考えていたのだ。やっと、真剣に。私はこの世界に来て、これからどうするべきなのか。
と言うよりも、私に一体何が出来るのか。
考えれば考えるほど、今の私は無力に等しかった。
自分の力では何も出来ない赤ん坊と同じ。
この世界の常識も無ければ、魔力も無い。魔力が無ければドアも開かないし、あのカイという男から逃げる事は到底出来ない。
結局の所、今の私は成り行きに任せるしかなかったのだ。

それでも私は、カイのことをきちんと観察していた。何か逃げるヒントがあるかもしれないと思って。

ここでその観察の成果をまとめて見ると、第一に、カイはどの町でもやたら良い宿に泊まることができる、ということ。
宿に泊まるときはいつも、何か手帳みたいなものを店主に見せる。すると、店主の顔色ががらっと変わって、手をこねくり回すみたいにしてカイに媚びを売り出す。気味が悪いったら無い。
あの手帳は絶対怪しい。しかし私は悉くあの手帳を盗み見ることに失敗している。
……今のところは、だけどね!

第二に、カイは他人はおろか、自分にさえも、まったく興味が無いらしい。
カイにはあの容姿から、時々女の子が群がってくるのだが、いくら可愛い子が来ても、全く興味はないらしい。完璧なシカトをご披露していらっしゃる。
まぁ、……それはほっとくとして、自分の容姿にさえも興味がないのか、髪はぐちゃぐちゃだし、着ている服はぼろぼろ。もう少し自分の容姿に気を遣えば、怒濤のごとく女にもてるに違いない。うん。

第三に、ここは重要だと思うのだけれど、移動するのはいつも夕方から朝方にかけて。つまり、夜中ってこと。だから私は今、夜行性動物さながらの生活をしている。それから移動手段は、異常な早さの馬車。あまりの早さに、あれは本当は馬じゃ無いんじゃないかと、疑いはじめている。

夜に、しかも顔の分からない馬車で移動するってことは、それだけ人目を忍んでるってこと……。
それは要するに、私を誘拐したのがかなり危険な理由だからってことになるんじゃないでしょうか。
急にゾクっと悪寒をが走るのを感じた。



うーむ……。

……どうやら私は、本気で逃げた方がいいらしい。

私はベッドの上でごろんと寝返りをうつ。
時は真昼。私(とカイ)にとっては真夜中に等しい。私は時計を見て時間を確認する。
今の時間じゃ、きっとカイもぐっすり眠っているだろう。
私は早速行動を起こすことにした。

そう、逃げるのだ。

そうと決まれば私はもう迷わなかった。
私は音を立てないようにベッドから滑り落ち、上着を羽織る。
ちなみに私は、流石に誘拐された時に着ていたフリフリドレスを着続ける訳にはいかないので、と言うか着たくないので、今はカイが何処からか持ってきた、質素な町娘風の服を着ている。

与えられている少しの衣類と食料の入った袋を持って、私は扉に近づく。

私は静かに、慎重に取っ手を回す。

……。

あれ?
うん?
うーーーー!!

……開かない。

いや、これは最初から分かっていたこと。そう、想定内だ。
どうせ、カイが扉に魔法をかけているのだろう。これだから魔法は!

ここで怒っていても仕方がない。私は作戦Bに移ることにした。
題して、「窓から出る作戦」!!!

私は忍び足で、今度は窓の方に移動する。
窓はいくつかあるが、一番大きくて出やすそうな窓を選ぶ。

よし、鍵を外そう。

うん?

あああああ!!!もおぉぉぉー!またか!
鍵はどれだけ力を入れても開かなかった。

カイの奴、ここまで想定していたのか。
よし、それならそれで、こちらにも考えがある。

私はベッドの脇にあった花瓶を手に取った。

これこそ作戦C!!!
その名も、「窓を割って逃走作戦」!!!

こういう時こそ勇気を持たなければ!私は一か八か花瓶を窓に向かって投げてみる事にした。
いけ!花瓶よ!

―――ガッシャーーン!!!!!

意外なことに、窓は盛大に、そして大音量で割れた。
おぅし!今こそチャンスだ。カイがこの音を聞きつけて来るまでに逃げなければ!

私は袋片手にダッシュで窓に向かう。

よし、あと一歩で外だ!
私は窓から外の様子を確認する。ここは大きな町らしい。かわいらしい家々が連なっているのが見える。
ここから降りれば、なんとか下の階の飛びだしている屋根の部分に着地出来そうだ。でも一歩間違えれば……。
どうやらここは三階らしく、それなりの高さがある。私はごくんと唾を飲み込んだ。
忘れちゃいけない、私は高所恐怖症なのだ!エヘン!
おぉっと。威張っている場合じゃない。やるしかない、明日の自由と命の為に!

私は思いっきり床を踏み込み、目を瞑って空中にダイブした。

しかし、一向に下に着かない。
こう、ガタンッっていう衝撃が体に走る筈なのに。
それに何だか、暖かくなった?

私はゆっくり目を開けてみる。
うん?あれ?
「……え?」
えええええええええええええええええ???!!!

私は誰かの腕の中。
その上なんと、空中に浮いている。

そしてすぐ真上から、聞き覚えのある声がした。

「貴方は死ぬつもりなのですか?」


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