ただ一つの光源だった小さな窓からの光が、次第に薄れてきた。
真っ暗になりつつある部屋の中で、私はライナに来てからの今までの生活に思いを馳せていた。
何故私はこんな所にいるのだろう。
知らない間に異世界に来て、何も分からぬ間に誘拐されて……。すべてが夢の中の出来事のようだ。
でも違う。肌寒くなったため、自分で腕をさすりながら考える。この部屋の埃っぽい匂いも、薄暗い光も、色も、全て……本物だ。
……ライヴァス。最強の帝王。
あの人は、私がいなくなって、少しは心配しているだろうか。
いや……つい1週間前に会った私を相手に、さほど心配もしてないだろう。
何だか知らないけど、何度も抱きしめられた気がする……。帝王ともなれば、いくらでも囲える女性はいるだろうに。でも、きっとあれは、猫を可愛がる飼い主のような心境なんだろう。で、だから私も嫌じゃなかったのだ。
うん。きっとそうだ。そうに違いない。
我ながら、ナイスアイデア。
この世界に来て、みんな変に親切にしてくれたけれど、結局わたしは、この世界でこんなにも孤独だ。
日本に、私の家に帰りたい。わたしの帰る場所は、きっとあそこなのだ。
でも、その方法は……ない、と言われたことを思い出す。
頬に、一筋の涙が流れる。
―ガチャ
唐突に扉が開く音がして、私は慌てて涙をぬぐう。
「……泣いていたのですか。」
あーあ……、ばれているみたい。
それでも素直にうん、とは言える筈もない。
「……泣いてない。」
「……。」
カイの顔には何の感情も浮かんでいない。
何か言われるかと身構えたが、これ以上の追求はないようで、ホッとした。
「……ここを出ます。」
私はその言葉を聞いてようやくカイをみる。相変わらず、何も見ていないような目と目が合う。
カイは近づいて来て、立とうとしない私の腕をグイッと引っ張った。思いの外、その力は強い。後で痕になっているかも知れない。
カイは私を左手で捕まえながら右手で扉を開けて廊下にでた。暗い……。
それから無言で廊下を歩くと、また扉。そこを開けると、外だった。
もう日が暮れている。
どうやら、私がいたのは、それなりに大きな屋敷だったようだ。近くに立派な門がある。
カイはそこに待機していいた馬車に無理矢理私を押し込んで、自分もひらりとのって扉をしめた。
カイがベルを鳴らすと勝手に馬が動き出した。従者が居ないのに……魔法だろうか。走る早さも尋常じゃない。
カパカパ馬が走る蹄の音が聞こえるだけで、しばらく息苦しい沈黙が続く。
私は意を決して質問をすることにした。
「どうして、行きたい所まで瞬間移動しないの?その方がすぐだし、楽でしょ?」
そう、確かにそうなのだ。瞬間移動だったら一瞬で、行きたい所へいけるだろう。
「……瞬間移動は監視されています。今私が使うと捕まってしまう。」
カイはチラッと私をみて言う。
「へ?なんで?」
私はよく分からないけれど、そう言うものなのか?
でも、それなら逃げるチャンスがあるかも。拘束されてもいないし。
「……監視されている理由は、いくつか……あります。でも、逃げようなどと、考えないで下さい……。……無駄です。」
おぉう?私の考えていることが、わかるのだろうか。……もしや、エスパー?いや、魔法か?
「……貴方の考えていることは、……顔にでています。」
なぬっ!?
「貴方は、魔法が使えない……。仮に上手く逃げたとしても、それでどうやって生きていくのですか。」
カイは私の目を直視する。
「え?どうって……、」
どうやって……?
私は、はっと気づいた。知らない、私。何も知らない。
この世界の人たちが、どういう生活をしているのか。この世界に関して、私はあまりにも無知だ。
私は一度でも知ろうとしたことが、あっただろうか。
私はライナに来てから、ただ王宮で何もせずに過ごしていただけで、何も学ぼうとしなかったし、何も知ろうとしなかったのではないか。
私は、ただ現状に甘えて、知ろうという努力を怠ったのだ。
ライナでは、魔法がないと生きてゆけないのだろうか。……わからない、何も。
私は唖然とカイの顔を見上げる。なんだか涙が出そうだ。
「……一週間後には着きます。それまでおとなしくしておいて下さい。」
カイは感情のこもらない声でいう。
私は何も答えなかった。ただ必死に、零れそうになる涙を我慢する。
自分の愚かさに、嫌気が差す。これからは、学ばねば。もっと、この世界について。
この世界で、生きて行くには。
※今回たくさん人名が出てきましたが、すべて今までに登場した方々ですよ。忘れちゃった人は登場人物紹介のページでチェック!
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