03.

ただ一つの光源だった小さな窓からの光が、次第に薄れてきた。
真っ暗になりつつある部屋の中で、私はライナに来てからの今までの生活に思いを馳せていた。
何故私はこんな所にいるのだろう。
知らない間に異世界に来て、何も分からぬ間に誘拐されて……。すべてが夢の中の出来事のようだ。
でも違う。肌寒くなったため、自分で腕をさすりながら考える。この部屋の埃っぽい匂いも、薄暗い光も、色も、全て……本物だ。

……ライヴァス。最強の帝王。
あの人は、私がいなくなって、少しは心配しているだろうか。
いや……つい1週間前に会った私を相手に、さほど心配もしてないだろう。
何だか知らないけど、何度も抱きしめられた気がする……。帝王ともなれば、いくらでも囲える女性はいるだろうに。でも、きっとあれは、猫を可愛がる飼い主のような心境なんだろう。で、だから私も嫌じゃなかったのだ。
うん。きっとそうだ。そうに違いない。
我ながら、ナイスアイデア。

この世界に来て、みんな変に親切にしてくれたけれど、結局わたしは、この世界でこんなにも孤独だ。
日本に、私の家に帰りたい。わたしの帰る場所は、きっとあそこなのだ。
でも、その方法は……ない、と言われたことを思い出す。
頬に、一筋の涙が流れる。


―ガチャ
唐突に扉が開く音がして、私は慌てて涙をぬぐう。

「……泣いていたのですか。」
あーあ……、ばれているみたい。
それでも素直にうん、とは言える筈もない。
「……泣いてない。」
「……。」
カイの顔には何の感情も浮かんでいない。 何か言われるかと身構えたが、これ以上の追求はないようで、ホッとした。

「……ここを出ます。」
私はその言葉を聞いてようやくカイをみる。相変わらず、何も見ていないような目と目が合う。
カイは近づいて来て、立とうとしない私の腕をグイッと引っ張った。思いの外、その力は強い。後で痕になっているかも知れない。

カイは私を左手で捕まえながら右手で扉を開けて廊下にでた。暗い……。
それから無言で廊下を歩くと、また扉。そこを開けると、外だった。
もう日が暮れている。
どうやら、私がいたのは、それなりに大きな屋敷だったようだ。近くに立派な門がある。
カイはそこに待機していいた馬車に無理矢理私を押し込んで、自分もひらりとのって扉をしめた。

カイがベルを鳴らすと勝手に馬が動き出した。従者が居ないのに……魔法だろうか。走る早さも尋常じゃない。

カパカパ馬が走る蹄の音が聞こえるだけで、しばらく息苦しい沈黙が続く。
私は意を決して質問をすることにした。
「どうして、行きたい所まで瞬間移動しないの?その方がすぐだし、楽でしょ?」
そう、確かにそうなのだ。瞬間移動だったら一瞬で、行きたい所へいけるだろう。
「……瞬間移動は監視されています。今私が使うと捕まってしまう。」
カイはチラッと私をみて言う。
「へ?なんで?」
私はよく分からないけれど、そう言うものなのか?
でも、それなら逃げるチャンスがあるかも。拘束されてもいないし。
「……監視されている理由は、いくつか……あります。でも、逃げようなどと、考えないで下さい……。……無駄です。」
おぉう?私の考えていることが、わかるのだろうか。……もしや、エスパー?いや、魔法か?
「……貴方の考えていることは、……顔にでています。」
なぬっ!?
「貴方は、魔法が使えない……。仮に上手く逃げたとしても、それでどうやって生きていくのですか。」
カイは私の目を直視する。
「え?どうって……、」
どうやって……?
私は、はっと気づいた。知らない、私。何も知らない。
この世界の人たちが、どういう生活をしているのか。この世界に関して、私はあまりにも無知だ。
私は一度でも知ろうとしたことが、あっただろうか。
私はライナに来てから、ただ王宮で何もせずに過ごしていただけで、何も学ぼうとしなかったし、何も知ろうとしなかったのではないか。
私は、ただ現状に甘えて、知ろうという努力を怠ったのだ。
ライナでは、魔法がないと生きてゆけないのだろうか。……わからない、何も。
私は唖然とカイの顔を見上げる。なんだか涙が出そうだ。
「……一週間後には着きます。それまでおとなしくしておいて下さい。」
カイは感情のこもらない声でいう。

私は何も答えなかった。ただ必死に、零れそうになる涙を我慢する。
自分の愚かさに、嫌気が差す。これからは、学ばねば。もっと、この世界について。

この世界で、生きて行くには。




「ミオが攫われただと?」
帝王がいつもより数段低い声を出す。それはかつてないほどの怒りの声だった。
ライヴァス自身も己の中に渦巻く激情に戸惑っていた。これほどの感情を抱いたのはいつぶりだろうか。いや、今までに一度も無かったかも知れない。
周りにいた数人の臣下達は君主の今まで見たことのない怒りに皆一様に生唾を飲んだ。ライヴァスの瞳には漲る怒りがありありと浮かんでいる。常でもあふれ出す王者の覇気は、今はもう皆を張り倒さんばかりだ。

ミオの誘拐は安易に予想できたできごとだった。だからこそ王の間にミオを留め、何者も近づけないようにしてきたのに。今日初めて外に出した事が、まさかこんな結果になるとは。
しかし、外に出したと言っても王城の中庭だ。ライヴァスという史上最強の帝王がいる目と鼻の先で一体だれが誘拐を……。
それでも誘拐をしたのだから、それなりの動機と実力があるはずだ。ミオの存在をいち早く察知し、手中に治めようと謀る。……それが出来るのも、危険を冒してそれを実行するのも、かなりの権力を持つ者だけだろう。

「フォーカス!」
王が大きな低い声で名を呼ぶと、今まで何もなかった所にいきなり人が現れた。いや、正確には、人の形をした映像のようなものだ。
「なにやら騒がしいのぉ、王よ。」
その像からはっきりとした声がする。
「今から国内外に渡る転移全てに監視を付けろ。それから中庭にある転移陣を徹底的に調べろ。どこで製造され、誰が作ったか、どこに転移したかまで炙り出すのだ。ミオが攫われた。まだ誰の犯行かわからない。」
「……それが如何に大変なことか、わかっておろうのぉ?」
「分かっている。いいからやれ。」
自分の言葉を全く聞かずに畳みかけるように言うライヴァスに、フォーカスはもう一言文句を言おうとしたが、ライヴァスの怒りが漲った目をみると、ため息をついて口を閉ざす。
触れたら今にも爆発しそうだ。
ライヴァスが怒りのままに魔力をふるえば、この王宮はおろか、国の半分くらいが飛ばされ兼ねない。
「……了解じゃ。」
フォーカスは音もなく消える。

「……陛下。」
臣下の礼をとったローナのこわばった声がする。
「なんだ。」
「ミオ様を守れなかったのは私の責任です。いかなる罰も受ける覚悟です。」
王は冷たい視線でとローナを睨む。
「……お前の処分は後で考える。今は時間がない。下がっていろ。」
「はい。」
ローナは帝王の御前からさっと下がる。

「ライガー!キアノール・ライガー!!」
ライヴァスは次に宰相の名を呼んだ。かなり後方に控えていた宰相が前に出て臣下の礼をとる。
「はい。何用でございましょう、陛下。」
「お前はこれから帝国内全域、また帝国内・外に及ぶ全ての瞬間移動、転移術を監視しろ。見落しは許さん。いいな!」
「御意に。」
「では下がれ。」
「はっ。」

王は次々に周りにいた臣下に任を与え、その臣下達はすぐさまその任の為に出ていき、今、この部屋に残るのは数人の女官だけで、広い室内はガランとしている。
「エドワード。」
王はある程度感情を抑えた静かな目で傍らに控えていたエドワードを見やる。
「王宮内の警備の手薄さはお前に責がある。」
「承知しています。」
エドワードはさも当然だと言うかのように、深々と腰をおる。
「早急に警備を強めろ。いいな。」
「御意に。」
「私はこれから王宮の結界を強化してくる。」
「っ!しかし、それでは御身に負担が!」
「この程度の事なら問題ない。」
ライヴァスは今、そんなことを気にしている場合ではなかった。
早く、早く、ミオを取り戻したい。


「……今から帝国会議を行う。老いぼれどもを招集しろ。 あいつは必ず取り返す!」


※今回たくさん人名が出てきましたが、すべて今までに登場した方々ですよ。忘れちゃった人は登場人物紹介のページでチェック!

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