「ねぇ。私のこと縛っておかなくて良いの?」
今、ふと気づいた。
……私、全く拘束されてないんですけど!?
「……必要ありません。」
男、カイは相変わらず無機質な低い声でぼそぼそと呟くように言う。
「何で?」
「……貴方には魔力がない。私は……ここに結界を張っているので……」
ふーむ。こいつも魔力の有無が分かるのか。それじゃあ、私の見たことがない魔力の色とやらも、もしかして……。
「それでも、何かの隙に逃げちゃうかもしれないでしょ?」
「……そんな失態は、犯しません。」
そうきっぱり言い切られると、なんか、とても口惜しい。
「最初から思ってたんだけど、この会話おかしくない?」
「……。」
顔色は……変わらないけれど、沈黙から察するに、カイは何がおかしいのか分からないらしい。
「あなたが私に敬語を使っていることよ。変よ。この場合、普通逆でしょ?」
「……俺……変、ですか。」
「変。その敬語、止めてよ。」
「これは、癖なので……。」
「でも、なんか違和感があるの。気持ち悪いから止めて。」
尚も食い下がる男に、私はビシッと冷たく言い放つ。
「……気持ち、悪い?」
その情けない声音につられて顔を上げ、男の顔を見て石のごとく固まる。
……なんでお前がそんな傷ついた子犬みたいな顔してんじゃ!!おかしいだろ!それ!
「……やっぱり、いい。いいです。そのままで。」
私はオロオロして答える。何で誘拐犯に私が気を遣うはめに?
男は依然感情の入らない目で床を見つめる。
「……はい。」
私は逆に心配になって来た。この人ちゃんと自分の与えたれた任務を全う出来るんだろうか。
……いや、その任務=私の誘拐だから、出来ない方が良いは良いんだけど。
その前に、自分が今、現在進行形で国家規模の大きな罪を犯していることを、わかってるんだろうか。ああ、頭痛いわ。
「あ、あの、念のため聞いておくけど、あなた今自分が何をやってるのか気づいてる?」
「……。」
男、カイと目が合う。
「一応言って置くけど、あなた今、人を誘拐してるの!」
「わかっています。」
「それじゃあ言うけど、誘拐は、犯罪なの!は・ん・ざ・い!」
「わかっています……。」
「それなら、なんでこんなことするの?」
真剣に男の目を見つめる。
「……。」
しかし男は答えない。
「あなた、誰かに命令されてやってるんでしょ?」
「……。」
やっぱり、無言。これじゃあ答えを言っているようなものだろう。
「誰に命令されたの?」
「……余計な事は言うなといわれています。」
「あなたは、その人に命令されたら、何でもするわけ?誘拐でも、暗殺でも?」
「……はい。」
「……そう。それを疑問に思わないの?」
「?……疑問……。」
男は変わらぬ顔色で私を見ている。
「だから、そうやって命令にただ忠実に従って犯罪をするのは、悪いことなんじゃないかって、そう思わないの?」
男は迷うように何もない空間に視線を彷徨わせる。
そして最後に私の目をみて、こう言った。
「……命令に従うことは、悪いことなのですか?」
「……は?」
私は一瞬、男の言う意味が理解出来なかった。
でも、そうか。この男はそう教育されているのか。
……命令に従うことこそが、善なのだ、と。
この男の様子から見れば、教育……というよりは、洗脳だろう。それなら、辛うじて納得できるかも知れない。
こんな誘拐をしても男に全く悪びれた感じがないことも、人間味が無いことも。それでこそ、善しとされているのだとしたら……。
だとしたら、それはとても哀しいことではないだろうか。
わたしはじっと男の目を見つめる。この人には世界はどんな風に映っているのだろう。もしかしたら、色も、匂いもない……。そして、喜びも、悲しみもない……。
私はそれ以上何も言えなかった。
二人の間に沈黙が落ちる。
「夜になったら、ここを出ます……。」
カイはそう言い残して部屋を出ていった。
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