03.

「お前、どこから入ってきた。」
「え……?」

低く、冷たい、だがどこか耳に心地よい声がした。私はビクッと肩を揺らして、おそるおそる男の顔を見る。男の顔は、どこまでも無表情だ。

「どこから入ってきたのかと聞いている。」
「どこから?それは……」
私には説明できない。むしろ、誰かに説明してほしい。

「お前、影の者か。」
「は?かげのもの?」
「だが、それにしては……」
「……?」
男は、自分の言ったことに疑いをもったのか、私の中の何かを見いだすように、私の瞳を見つめる。
「どちらにしても、この部屋に入ってくるのは不可能だ。
 お前、どこから入ってきたのだ。」
「あの、それが……わからないんです。」
「わからないだと?」
男の厳しい声音に、また肩がビクッとなる。
「は、はい……。目が覚めたら、あのベッドに寝ていて……」
「そんな馬鹿な話があるか。どうせ何か強力な魔法を使ったのだろう。」
男は無表情で言い放った。これは、笑った方が良いのだろうか。いや、笑えと言われても怖くて笑えないが……。
「魔法?それは何かの冗談ですか?魔法なんて使えるはずないじゃないですか。」
「!?」
男は、私がそう言うと、何かに気づいたかのように私を凝視し、そしてこの大きな部屋を見渡した。
「お前、魔法を使ったことがないのか?」
「……そうですけど?」
男は、なにやら真剣な口調で私に聞く。魔法というのは何かの冗談ではなかったのだろうか。
「それ程の魔力を持っているのにか?」
「はい?あの、さっきから魔法魔法って、意味が分からないんですけど……。」
男は、私が嘘を付いていないか探るように私の目を見つめ、それが見あたらなかったのか、すぐに目をそらす。
「いや、まさか……。」
男は何かを考えている。眉を寄せ、男の美貌に影が宿る。

答えに行き着いたのだろうか、男が口を開く。
「……では、質問を変えよう。お前、どこから来た。」
「どこからって……。東京の、世田谷区ですけど。」
「……トウキョウノセタガヤク?」
男は、東京が分からないようだ。もしかしたら、倒れている間に、海外に運ばれたのだろうか。いや待てよ?今、日本語を話しているのに?
「え?いや、東京都の世田谷区ですよ?」
「トウキョウトのセタガヤク……」
イントネーションがおかしい。
「えっと……。日本は分かりますよね?日本の首都が東京です。」
「……ニホン?それは、国の名前か?」
日本を知らないのか。なんだか、嫌な予感がする。
「日本は、ユーラシア大陸の東端にある、島国です。」
「ニホン……。悪いが、そんな国はこの世界にはない。」
「は?日本がない?その冗談、全く笑えないんですけど……」
「冗談ではい。そのユーラシア大陸というものもない。」
「え?」
日本がないとはどういう事だ?ユーラシア大陸もないって、じゃあ、ここは?
「……おまえは、きっと、異世界から来たのだろう。
 ここは、ライナと呼ばれる世界。ライナは、魔法が存在する世界だ。」
「い、いせ?」
私の脳は、完全に機能停止したようだ。


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