04.

私は唖然と男の顔を見上げる。さっきの恐怖が嘘のように、今は何も感じない。
嘘を付いているのではないかと、男の顔を真剣に見つめるが、やはり無表情のその顔からは、何も分からない。
私はたまらなくなって、半ば叫びながら言う。
「本当に、ここはライナという世界なの?それに、魔法なんて、そんなまさか!」
「本当だ。」
男はそれにも無表情で答える。嘘を言っているような感じはない。
私は急に認識した。
それが、真実なのだと。
「あぁ。」
無意識に声が漏れる。
「そんな……。どうしよう。どうしたら……。」
私は必死に考えるが、一度停止した脳ではなかなか考えがうかばない。
そもそもここがどんな世界なのか知らないことには、何をどうすれば良いのか分からない。

「では、ここは何処なんですか?それから、あなたは……?」
私はまず、近いところから知っていこうと思った。すると、私はこの世界のことはおろか、今居るこの部屋のことも、目の前の大きな男のことも何も知らないことに気づいた。

「まず、最初の質問だが、ここはイルエディア帝国王都の中心に位置する、王宮内だ。さらに言うなら、この部屋は王宮でも最奥にある、王城の、王の間。
 それから私は、この部屋の主。イルエディア帝国帝王、ライヴァス・イルエディア・ノア・ルーダス。」
「は?」
男は、まるでなんともないかのように、まるで今日の天気は晴れだと言うかのように、さらっと答えた。
そうなると、私はどう反応していいのか、よく分からない。

「イルエディア帝国、帝王……。」
私は、男の言葉を繰り返すしか出来なかった。帝王って、あの帝王だよね?
今まで王などという存在がなかったせいか、いまいち現実味がない。すごく偉いということは分かる。分かるのだが……。

目の前の大きな男を見上げれば、かなり若そうだ。20歳くらいだろうか。厳かな王というイメージがある私には、驚愕の美貌をもつこの若くて大きな男が、王だと思うとどこか違和感があった。しかし最初に目があった時の、あの威圧感を思えば、確かに帝王というのも頷ける。


「お前の名は。」
「え?私?私は、篠原澪。」
「シノハラミオ……」
「いや、澪が名前で、篠原が姓。」
「……ミオか。」

私はその自分の名前を聞いて、ふと思った。
この男が、帝王で、この広すぎる部屋が王の部屋だというのなら、そこに勝手に入っていた私って、どうなるの?もしかして、罪になるのだろうか。私はどこの誰かも分からない異世界人だし、偉くもない。まさか、牢獄に入れられてそのまま消されるなんて……。
どうなるかなんて分からない。そうかもしれない。いや、充分あり得る。
だって、なんて言ったって、ここは全く知らない異世界なのだから。
そう思った瞬間、私は体を硬くして男を見上げ、そのまま後ずさる。

「……?どうした。」
男は私の行動の意味が理解出来ないようだ。怪しむように目を細める。だが、その場から動かない。
「わ、私を、どうするの?」
「……どうする、とは?」
「私、勝手にこの部屋に居たのだし……、それにどこの誰か分からないし……。もしかして……」
「だ……」
「待って!」
私は、男がなにか話そうとするのを遮って叫んだ。
「本当に、どうしてこんなところに来ちゃったのか分からないの!決してわざとじゃないし……。だから、お願いします。牢屋には入れないで下さい!
皿洗いだって、洗濯だってやるし……。あ、そうだ!このお城から逃がしてくれるだけでいいから!」
私の頭の中はもうパニック状態。わけの分からない事が一度に起こりすぎて、まだ消化出来ていないのだ。
「私が、いつ、お前を刑に処すと言ったのだ。」
「え?そりゃあ、まだ言ってないけれど……。」
「私はそれほど薄情ではない。」
「じゃあ、私はどうなるんですか?」
「まぁ、牢には入れない。それに……」
「何ですか?」
男は、また、探るような視線で私を見つめた。一体、なんだろうか。
「いや……。では、部屋を貸してやろう。そこに住むがいい。ちょうど空いている部屋がある。」
「ええ!本当に?」
「ああ。」
私は男の顔を見上げる。やっぱり無表情だが、嘘の色はない。
私は安心して力が抜け、その場にへなへなと座り込んだ。
「よ、良かった……。」
思わず涙目になる。それでも、御礼はきちんと相手の目を見て言う。
「ありがとう、ございます……。」

男は、私の言った言葉に少し驚いたようだった。
私は私で、初めて男の美しい顔に感情の色がうかんだことに驚く。

でも、なぜこの男は私に部屋を貸そうなんて思ったのだろうか。
今さっき会ったばかりの相手だ。いくら王様で部屋が有り余っているにしても、信用の置けない奴に部屋を貸そうとは思わないだろう。
でも、どんな理由にせよ、部屋を貸してもらえるんだから良いとしよう。
ライナとか言うこの世界で、どうやって生きていけばいいのか、私は全く分からないのだから。


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