05.


何者かが王の間に侵入しているのは、少し前から分かっていた。

あの部屋に誰かが入れば、すぐさまこの男の知るところになる。それは、王の間に限られた事ではない。王城全体だ。
しかし、男が認識したのは、王の間に入ったところから。王城内では、全く気配を感じなかった。
瞬間移動、という手もあるが、王の間の中に瞬間移動出来るのは、世界広しといっても、帝位をもつこの男、そう、ライヴァス・イルエディア・ノア・ルーダス、唯一人。他の誰であっても出来ない。

更に、王の間には、たくさんの魔法が施されている。たとえ帝国で指折りの魔法使いでも、そう簡単に侵入することは出来ないだろう。
それにも関わらず、その侵入者は忽然と王の間に現れた。

一体何者だ?どんな魔法を使ったというのだ。ライヴァスは久しぶりに苛ついていた。


ライヴァスが瞬間移動で室内に入ると、そこにいたのは、小さな少女だった。全くの想定外だ。
魔力はかなり強いものの、見たことのない色をしている。
色と言えば、少女の髪色は、黒。黒髪は珍しい。
その上、着ている服も目にしたことがないものだ。そして、この部屋に入れる程の実力者にしては、威圧感が全くない。

少女は、何か考え事をしているのか、背後にいるライヴァスに全く気づいていなかった。ライヴァスは、この緊張感の無さにも、違和感をおぼえてしょうがない。臨戦態勢で部屋に入ったライヴァスは、相手が攻撃してくるまえに、侵入者を拘束するつもりでいた。それなのに、そんな気持ちは一気に萎えた。
いつまで経っても気が付かないので、わざと、少し音を立てた。
その音でやっと気づいた少女が、勢いよくライヴァスを振り返る。

すると、何ということだろう。
少女の目は、黒かった。黒髪黒眼。そんな者が、まだこの世に存在したのか。少なくとも、今まで聞いたことがない。この男が聞いたことがない、とするならば、それはかなりの確率で、存在しないものだろう。
見た目は若いこの男、まぁ、生物学的に言えば、間違いなく若いし、細胞も全く老いていないだろう。しかしこの男が生きた年月は、相当長い。

話しを聞くと、少女はどうしてここにいるのか、何も分からないようだ。嘘を付いている様子はない。それに、この容姿。
ライヴァスの無表情な顔色がほんの少し変わる。もちろん、目の前の少女には全く気づかない程度だ。
ライヴァスの脳裏には、ある可能性が浮かんでいた。

「お前、何処から来た。」
そう聞くと、少女は、聞いたことのない単語を言った。
やはり、間違いない。ライヴァスの疑いは確信に変わる。
少女は、異世界から来たのだ。にわかには信じられないが、間違いない。見たことのない魔力の色と言い、容姿と言い、この世界の者と言うには違和感だらけだ。

だが、何故。
何故、少女は知らないうちに異世界にいたのか。勝手に、何の理由もなく、人が異世界に飛ばされるなんてことが、あり得るだろうか。

そして、ライヴァスの脳裏には、もう一つ、ありえないような可能性が浮かんだ。
まさか、そんなことはない。そう思うのだが、そう思おうとすればするほど、その疑惑は次第に大きくなる。
どうせこの少女、このまま城から追い出したら、なにも分からなくて道端でのたれ死ぬのがおちだ。魔法を使ったことがないと言っていたから、それはまず間違いない。
ライヴァスは、少女に部屋を貸してやることにした。まだ何者なのかよく分からない少女を、監視する意味も込めてだ。
ちょうど良い部屋もある。

そんな考えでいたライヴァスは、涙目で礼を言われると、驚くと同時に、ほんの少し胸が痛んだ。
いや、それはない。さっき会ったばかりの見ず知らずの少女だ。情が移るなんてことは、あり得ない。
ずいぶん昔に、そのような無駄な感情は捨てたのだから。

目の前の少女の透明な瞳に吸い込まれそうになるライヴァスは、必死にそう言い聞かせた。


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