13.

「あの鍵はもうかけないで下さいね。」
「……ああ。」

私は至極すっきりした顔で廊下を歩く。
一方、となりを歩く帝王は、いつもにも増して冷酷な無表情だ。
夜遅く、深夜とも呼べる時間帯に起こされたのが、お気に召さなかったのだろうか。

王の間に入ると、初老の男がいた。
「……?」
あれ?この人誰?

「こいつの左肩だ。深夜だ。早く終わらせろ。」
声がした方を見ると、隣にいたはずの王は、いつの間にかソファに座っている。不機嫌オーラ満載だ。

「ええ。仰せの通りに。」
そのオーラを察知できていない初老の男は、私に向かってニッコリ笑う。

「私は、貴殿の怪我の診察に参りました。ノエル・ライガーと申します。」
「ああ!お医者様ですか。」
なるほどなるほど。白衣を着ていなかったから分からなかった。

「今回はどうされたのですか?」
言いながら私の肩を診る。
「いや……、何と言いましょうか……。頑丈な扉に必殺跳び蹴りをしようとしたら、いや、実際にしたのですが、勢い余って肩を床にぶつけてしまって……。」
……今考えると、自分の行動が馬鹿に思える。でもあの時は必死だったのだ。

「お前は本物の馬鹿だな。ずいぶん軽そうな脳みそだ。」
案の定、ソファの方から冷たい声がする。
自分でも思っていたくせに、他人に言われるとムッとするのが、人の心理というものだ。
「だれかさんが、扉に魔法をかけていたせいです!」
「だからといって、跳び蹴りをする奴が何処にいる。」
「!!」
冷ややかな一言に言葉が詰まる。確かに跳び蹴りは……。だけど!!
「どうか落ち着かれてください。興奮したら怪我に悪いですよ?」
私がまた言い返そうとするのをみて、ライガーさんが止める。
「……はい。」
私はソファの上の人物を睨み付けながら答えた。


「ああ。軽い脱臼ですね。私の治療魔法で明日には治るでしょう。心配は要りません。」
「そうか。」
王が不機嫌さを残したまま言った。
しかし、私には疑問が。

「……治療魔法って?」
治療魔法?それってどんなことをするんだろう。苦〜い薬を飲むとかじゃなくて?
「今から行いますよ。大丈夫です。一瞬で終わります。」
そう言ってまたもやニッコリと笑うと、ライガーさんは私の肩に手をかざす。
一瞬、肩が暖かくなった。
「終わりです。明日には痛みも全く無くなりますよ。」
「ええ!?もう終わり?」
思っていたより数段あっさりだ。これで治るのだろうか。
「はい。治療完了でございます。軽い脱臼で御座いますれば。」
「そ、そうですか……。」
私は未だに半信半疑。でも、確かに痛みは引いている。

「ご苦労だった。下がれ。」
「はい。」
王の一言に、ライガーさんは丁寧に腰を折って答える。
そして直ぐに王の間から出ていった。

「お前も早く戻れ。」
「……はい。」
私は素直に例の扉に向かった。先ほどの闘争意欲は萎えている。
扉を閉めようとして、思い直す。
「あの……」
「なんだ。」
冷たい声がするが、意を決して王の目を直視する。

「ありがとうございました。医者をよんでくれて……。」
「そんなことか。」
「だって、よく考えれば、私が怪我したって病気になったって、あなたは、」
「もういい。お前は、私がどれだけ薄情だと思っているのだ。」
そう言って眉を寄せる。王は更に不機嫌になったみたいだ。

「ええ?」
せっかくお礼を言ったのに、不機嫌になられたって……。

「早く寝ろ。」
「はい……。」
私は文句を言うのを止めて、今度こそ扉を閉めた。

部屋に入って一目散にベッドに向かう。
大きな天蓋付きベッドに寝ると、自分が小さくなった気がする。

「ああ……。」
私は、今日一日のことを思い返す。
壮絶な一日だった。私が生きてきてこの方、こんな日は初めてだ。しかも、地球では、今日は私の誕生日。偶然って凄い。
私が帰るのを今か今かと待ち通しにしていただろう父を思うと、ひどく寂しくなった。
でも、いつかきっと帰る。
心の中で、深く契った。

明日は、何があるだろうか……。
そんなことを考えながら、私は安らかに眠りについた。




―ガチャ

澪が寝入ってから、約10分後。静かに扉が開いた。
無表情の帝王が、一切の音を立てずに入ってくる。
寝台の脇に立つと、澪の幸せそうな寝顔を見つめた。

そして、小さく笑った。
その顔は、「異世界に来たというのに、よくそんな顔して寝られるな。」とでも言いたそうだ。
間違いなく今の顔は希少価値が高いだろう。
しかしそれは、一瞬の事だった。目撃者も、もちろんいない。

その後、帝王は真剣な顔をする。万人が認めるその頭脳で、何を考えているのだろうか。
もちろんそれを知るのは、帝王自身のみ。


「……ミオか。」
肝心な帝王は、そう一言呟いただけだった。


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