17.

ミオ様、朝です。起きてください。
ミオ様、ミオ様……


というローナの声で起こされた私は、今、健康的な朝を迎えている。
7時起床。すぐに顔を洗い、朝食。

そして私は今、朝ご飯の真最中。
朝からとても食べきれない質と量の食事が並び、思わず目眩。ローナ達に給仕をしてもらい、私は少しでも無駄になる食料を減らそうと、もりもり朝食を食べる。
昨日痛めた肩はすっかり直り、痛みは一切無し。これはやはり、治療魔法の成果ということなのだろう。ライガーさん、ありがとう。
食べても食べても減らない朝食に、そろそろ敗北を悟った私は、フレッシュジュースで喉を潤して朝食を終了する。

「ごちそうさまでした。」
私は手を合わす。
おいしかった。もうお腹いっぱいで、あと一口も入らない。
「では、片づけますね。」
私の声を合図にして、ローナ達は素早く片付けに転じる。といっても、魔法でだから、数秒で終了。なんてうらやましい世界なんだろう。

見事に食事の後かたづけをすませたローナが、私の目の前に来る。
「ミオ様、本日はこの王妃の間からお出にならないようにと、王から申し使っております。どうか、このお部屋でお過ごしになってください。」
ローナは申し訳なさそうな顔をした。

「どうしてですか?」

「ミオ様が此処にお住まいになっていらっしゃることは、表沙汰に出来ないので御座います。なにせ黒髪黒眼の姫であられるのですから、広く知られれば狙う輩も多いかと。」
「黒髪黒眼だということだけでですか?」
私は現実味が全く湧いてこない。髪が黒くて、目が黒いと言うだけで、知らない奴に狙われるなんて!
「黒髪だけでも大変珍しいのです。狙う輩が現れるのは、当然のことかと思われます。」
そうだった。この世界は、兎に角黒という色が珍しいらしい。にわかには信じられないけれど。
「……わかりました。」
私は頷くものの、何処か釈然としない気持ちだった。



それから私は、ローナ達にこの世界のことを教えて貰う事にした。どんな情報であれ、知っていて損はないはずだ。

「あの、ライナやイルエディア帝国について教えて欲しいんですけど。」
「ライナやイルエディア帝国についてでございますか?ああ、ミオ様は遠い所からいらっしゃったのでしたね。」
そうだ、ローナ達は私が何処から来たのか知らないのだ。このままにするのは嘘をついているみたいで嫌だが、ここで地球について説明しても、そう簡単に信じることはないだろう。
あの王様が説明していなのだし……。そう思ってこのまま様子を見ることにした。

「では、そうですね。このライナはどのような構造に成っているか知っていますか?」
ローナが真剣な顔をして言う。
「構造、ですか?」
世界の構造?どういう意味だろう。
「ええ。ライナは、魔界と呼ばれる世界に面しています。見えない壁に隔てられて。」
「え?」
「どうやら初めてお聞きになることのようですね。
 魔界と言うのは、字の通り、悪魔たち魔族が住む世界。しかし、それがどのような世界なのか、知るものは居ません。魔界に取り込まれて、生きて帰って来た者は存在しないのです。」
生きて帰ったものがいない?信じられない。
でも、ちょっと待って。
「それでは、なんで魔界があると分かるんですか?」
「それは、悪魔が時折ライナに出現するからです。」
「あく、ま?」
「ええ。そうでございます。悪魔はライナには存在しない生き物。この世界にいると言うだけで、この世界の全てに悪影響を与えます。」
「そんなに悪魔は強いんですか?」
「強い弱いに関係なく、多かれ少なかれ影響を与えるのです。ですが、力の強い者はそれだけ大きな影響を与えるという研究者もいます。実際、悪魔の魔力には強弱があり、力によって姿形が違うのです。力の強い者は、より人間に近い姿をしています。」
「はぁ……。」
想像も出来ない。なんて言っていいのかすら、分からない。

「ですから悪魔達は、ライナに現れたのが発見され次第、即刻駆除されます。」
「どこに現れても、ですか?」
「はい。どこに現れてもです。各国、悪魔の影響については知っていますので。」
それは、なんと言って良いのか、すごく大きな話だ。

「そして、ここからが本題でございます。」
まだ話は終わってなかったらしい。
ローナがますます真剣な顔をするので、私はきちんと座り直す。
「その魔界をライナを隔てる壁、でございますが、それが段々と薄くなっているのです。」
「そ、それはどういう……」
「簡単に申しますと、悪魔達からの侵入をくい止めていた、ライナを守る結界が、崩壊し出しているのです。」
「……え?」
崩壊?
「もし、壁つまり結界が無くなった時の事を考えてみて下さい。」
「!」
私は息をのんだ。
「そうです、単独でさえ明確な悪影響を与える悪魔が群をなしてライナに侵入してくるでしょう。そうなれば、多くの者が死に、ライナと魔界との間で世界大戦が勃発しても不思議ではありません。」
「世界、大戦……」
魔法を使っての世界大戦。そんな戦争、想像することも出来ないが、凄まじい数の犠牲者がでるだろう。
「そうなると、人間絶滅の可能性も否定はできません。」
「え!」
そこまでは思い至らなかった。人間が絶滅する?そんな映画みたいなこと、まさか本当に?

「そのライナの危機から私達を救って下さっているのが、我が王でございます。」
「は?」
話が急に展開して、付いていけない。えっと、何だって?
「王は、ライナと魔界を隔てる結界を強化して下さっているのです。もちろん他の方の微々たる協力もありますが、結界の強化に要する大部分の魔力が我が王のものです。日々、結界に力を注がれていらっしゃるのです。あの方の存在無しには、今のライナはあり得ません。」
わたしは、自分の王を尊敬するあまり話を大袈裟に捉えているのではないかと疑いもしたが、ローナ達の顔色をみて、考えを改めた。
あの王が、そんなにすごい、というか、途轍もない人物だったなんて。
「それほどの力を持つ王がイルエディアを治めるようになってから、ライナには国同士の戦争もなくなりました。」
「戦争が?」
「ええ。各国の王も、我が王の力量に恐れをなしているのでございましょう。」
「……。」
「しかし……。」
「?なんですか?」
ローナは急に暗い表情をする。後に控える、ルアンダとメアリも同じく。
「王はその責務故か、神とも謳われる魔力故か、いつしか表情を出されることが無くなりました。人の域を超える力を持つ我が王を、真に理解される方はいらっしゃらないのかも知れません。幼少の頃から、その驚異的な力で、国の重役を務めていらっしゃいました。国王となるための勉強の傍ら。もしかしたら、子供らしい時間は一度も持てなかったのかも知れません。」

「そんな……。」
私は幼い子が大人の世界でどう過ごして来たのかを想像して、顔をしかめた。

「でも、わたくしは思うのです。」
「……なにをですか?」
「ミオ様なら、そんな王の冷ややかな御心を溶かして下さるのではないかと。」
「え?なんで、私が?」
私は、昨日初めてあの王にあったばかりだ。どう考えてもそんなの無理だろう。
「王は、ミオ様に会われて、少し表情を取り戻して来られたように思います。もしかしたら、とつい期待してしまうのです。ミオ様ならあの方の支えに成ることができるかも知れません。ミオ様なら、あの方の人間らしい表情を取り戻して下さるかも知れません。
わたくしは、怖いのです。あの方の御心はいつか割れて無くなってしまうのではないかと……。」
「……。」
ローナは悲しげにうつむく。しかし私はどう言って良いのかわからなかった。
わたしは、あの王がこんなにも家臣の心を捉え、忠誠されているなんて、思わなかった。冷たい王だと、思ったのは間違いだったのかも知れない。
あの無表情の下には、どんな思いが隠れているのだろうか。

「わたくしときたら、なんでこのような話を突然してしまったのでしょう。申し訳ありません。驚かれたましたでしょう?」
「……はい。でも、大丈夫です。」

「きっと、わたくしはどうしても話したかったのでしょうね。そして、……」
ローナは、途中で言葉を切って顔を伏せた。
「……なんでもございません。」
そういったローナの顔は、先ほどとは違う悲しみの色が見えた。
しかしその表情はほんの一瞬のことで、私が瞬きをした刹那、いつもの優しげな表情に戻っていた。


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