―ガチャッ
昼過ぎ、扉は突然開いた。
反射的に顔を向けると、案の定、そこにはあのやたら大きくて無表情な王がいた。せっかくの美貌も、その無表情で半減だ、きっと。
そして、一言。
「ついて来い。」
わたしは半ば走るように王についていく。王はもちろん走ってなどいない。それどころか、優雅に歩いているようにすら見える。けれど何しろ、足のコンパスが違うのだ。
必死に走って着いた先は、ある扉の前だった。それは王の間や王妃の間の扉よりはずいぶん劣るが、それでも立派な装飾が施された、威厳ある扉だった。
ここまでの道筋は、残念ながら覚えていない。この城はやけに迷惑な迷路みたいな作りをしているし、王について来るので精一杯だったのだ。
王は数秒遅れて私が扉の前に着いたのを見ると、扉を開けた。
ノックは必要ないのだろうか。そう思ったが、言わない。いや、言えない?
部屋の中を見渡すと、中には本や分けの分からない器具でいっぱいだった。大きな部屋だが、それらが山積みにされて壁が見えない。部屋の真ん中には机があり、そこに一人の老人が座っていた。真っ白で長い髪、同じく真っ白で長い口髭。そのわりに背は高く、すらっとしている。
その老人は王が扉を開けたのに気づかなかったのか、机の上の書物を読んでいる。
「フォーカス。」
王はそう言った。
すると、老人はゆっくりとこちらを向く。年老いてはいても、スカイブルーの瞳は、なお強い意志と力が漲っているようだ。爛々と輝いている。
「王、それと客人か。珍しいことじゃ。」
声も意外と嗄れてなかった。
「お前にこの娘を紹介しておく。」
王は威厳あるよく通る声で言う。
「なんと!それはそれは。」
しかし老人はそんな威厳など気にも止めず、半分面白がっているようだ。
「それで、その姫君は?」
「こいつは、例の異世界からきた娘だ。」
……姫君というのは、私の事らしい。私、唯の庶民なのに。
私はそう言おうか言わないか迷ったが、どうやらそんな事は出来なそうだ。
「ほぉ。この姫君が。」
老人は興味津々と言った様子で私を見つめる。
「確かに変わった魔力じゃ。この色は見たことがないのぉ……。」
「え?魔力?色?」
わたしの色が何?色って何?
「おや、どうやら何も聞いてないようじゃのう。確かにこの王のことじゃ。そんな気の利いたことは出来ないだろうのぉ。」
それを聞いて王は目を細めて老人を睨んだが、当の老人は全く意に介さない。
「では、わしが説明しよう。魔力というのは、どんな生き物でも多少は持っているものじゃ。あなた様の場合は異世界から来たようだが、それも例外ではないようじゃのー。しかし、どうやら色が違う。ライナに住む者とはの。魔力の色というのはのぉ、魔力の特性を表すのじゃ。その者の魔力がどんな魔法を得意とするか、といったところじゃ。例えばわしの場合は風じゃ。何色かと言われると、そうじゃな、水色と黄緑の真ん中といえるかもしれん。我が王は火じゃ。これは王家に伝わる特性だからのぉ。色は生粋の真紅じゃ。魔力に特性はあっても、魔力の強さによって、複数の魔法を使うことができる。魔力の強い者は、どのような特性であれ、全ての特性の魔法を使いこなせる。王はもちろんじゃが、わしもその域じゃ。しかしじゃ、あなた様の色はこの世に存在するどの特性の色でもない。とても表現出来ないが、兎に角違うことだけは確かじゃ。……実に興味深いことにのぉ。」
魔力の色、特性、そんなものがあるのか。
「それはどうやったら見えるのですか?」
「おお!これはまた難しい質問じゃ。うーむ。時が来たら見えるようになるじゃろう。しかし、こつを言うとなれば、そうじゃのぉ、中を見つめるのじゃ。」
「中?」
「そう、その者の中じゃ。その者に漲る魔力を見つめるのじゃ。」
「そんなこと……。」
出来ない、そう言おうとしたが、
「時が来たら出来るだろう。」
そう言う王の声に遮られた。それを聞いて老人は笑う。
「ふぉっふぉ。そのとおり、時が来たら出来るじゃろう。」
「あの、ところで、あなたは……。」
王も、老人も、誰も説明する気は無いようなので、自分から質問することにした。
「そうじゃった!自己紹介がまだじゃったのぉ。これは申し訳ない事をした。」
老人はにこりと笑う。
「わしはシルバー・フォーカス。一介の魔法士じゃ。」
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