20.

しばしの静寂。

「もう着いた。」
唐突に頭の真上で声がする。
恐る恐る目を開けると、そこは王の間だった。
「ふぅ。」
私は安堵のため息をつく。
次に、現状を確認した。
「うわっ!」
急に心臓がどくどくどくどく人生最速と言える早さで鼓動を始める。だって、今、王の腕の中にいるのだ。どういう状況ですか?
私があわてて腕を解いても、王の腕はほどけない。えー、うん、私は王に抱きしめられているみたい。この体勢だと、残念ながら王の表情はわからない。
えーっと?
「あの、王?」
「……。」
返事がない。
「王様?」
「……。」
やっぱり返事がない。うーん……。どうしよう。

私は為す術が無く、しばらくそのままの状態で無言の時を過ごす。その間も私の心臓はどくどくどくどく、うるさいほど鳴っている。何しろ、こういう展開に慣れていないのだ。耐性がないのだ。うぅー……心臓の音が王にもばれているに違いない。

どのくらいたっただろうか。私は意を決して王に話しかける。
「あの……王様?」
「……。」
やっぱり沈黙。またダメか、と諦めかけた、その時。
「ライヴァスだ。」
王のきっぱりとした声がする。
「はい?」
ええ、あなた様の名前くらいは既に知っていますが?
えー……、私に、名前で呼べと?
「……ライ、ヴァス?」
「なんだ。」
私が少々戸惑いを含んだ声で言うと、王は腕の力を緩めて顔が見えるようにした。
それにしても、なんだって何だ。
「あの、この腕……離してくれませんか?」
「何故だ。」
「なぜって……、」
私は言葉に詰まる。
「嫌なのか。」
王が私にぐいっと顔を寄せる。ち、近っ!!
王の表情はいつもと変わらない、ように見えるけれど、その紅い瞳には常とは違う色が宿っている。紅い瞳が爛々と輝いて、まるで宝石のようだ。その目が、私を刺すように見つめてくる。これじゃあ、無表情とは呼べなそうだ。私はあまりの顔の近さに視線を逸らして凌ごうとしたが、一度その視線に捕まってしまうと、もうその紅い瞳から目をそらすことが出来ない。
「嫌、じゃないけど……」
「けど、なんだ。」
王は逃がさないというかのように、質問してくる。
「恥ずかしいし……、」
「恥ずかしい?ここには、私とお前しか居ないのに、か?」
王はニヤリと妖艶に笑った。
私の頬がかっと赤くなる。
「え、そういう問題じゃ!と、と兎に角離してください!」
「……嫌だ。」
そういって王はまた私をぎゅっと抱きしめた。いい匂いがする。ってそうじゃなくて!!
「ちょっ、ちょっと!」
王ってこんな感じだったっけ?
もしや、同じ顔した別人?影武者?それとも、変な薬飲んだとか?
為す術がない私は現実逃避に走る。

「もう少し。」
私がじたばたしていると、王がそう呟いた。
その声はさっきと違って何処かすがるように聞こえた。始終手足で抵抗していた私は急に抵抗が出来なくなって、このままの体勢でじっとしてやる事にした。

やはりこの王は、孤独な世界にいるのかもしれない。

私は、暖かい腕のなかでいつの間にか安らかな眠りについていた……




ライヴァスは寝入ってしまった澪を起こさないように少し体勢を変え、澪の顔を見つめる。安らかな顔で気持ちよさそうに寝ている。
―スピーー
僅かな寝息が聞こえる。
つい先ほどまで、手足をばたつかせて抵抗していたというのに。ライヴァスにとってそれぐらいの抵抗は無いに等しいのだが、澪の方は必死だったのだろう。
しかし何故、そんなに抵抗するような男の腕の中でこんなにぐっすり眠れるのだろうか。いくら何でも隙がありすぎる。これでは襲われても文句は言えないであろう。
ライヴァスは頭を抱えたい気持ちになるが、その腕はしっかり澪を抱き留めている。
ライヴァスはその腕を片方だけ外して澪の前髪を上げ、その額にゆっくりとキスをする。そしてその唇を澪の首筋まで落としてきつく吸い上げた。そこには紅い艶やかな華が咲く。澪の白い肌にはよく映える。
それは所有の印にも似て。
それを見たライヴァスは満足げに微笑んだ。


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